2017年11月
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カテゴリー「母親」の30件の記事

2017年11月 7日 (火)

母の家に1泊

11/2(金)の朝10時台の新幹線で盛岡へ。
更に盛岡駅から出るバスで、実家のある町へ向かいます。
 
オットがこの日の昼の新幹線に乗り、仕事で同じく盛岡へ。ホテルに1泊して翌日戻ります。
なので私も1泊で帰らざるを得ません。
 
時間が足りないので、今回は親戚周りもせずに、ご挨拶は両隣とすぐそばの親戚1軒だけです。
 
東京駅で手土産を買ったのですが、駅構内のお店があちこち工事中でシャッターが閉まっていて、選択肢が少なくて困りました。
 
 
5月以来の母の家。
 
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母のいない母の家。誰もいないのが、私の心の中では未だに納得できていないです。
 
 
叔父が日本画家だったので、家には数点の絵が飾ってあったのだけど、母が引っ越しの時に親戚へ預けたままその絵は戻らず、今も手元にない状態です。
返して、とは言えない。。私たちは分かっているんだけど、向こうは期せずして早くに代替わりしてしまい、自分のものだと思ってる。。
 
 
何年か前に、弟がネットオークションに出ている叔父の別の絵を見つけ、購入したのが2点。
それが、この母の家に飾ってあります。
玄関に1点。リビングに1点。
 
物心ついたころから、家はとてもすっきり綺麗でした。台所も表面に出ている物はありませんでした。戸棚、引き出し、モノはさっくりと入っているだけ。ぎゅっとは入ってない。
 
家はそういうもんだと思って育ったので、モノに溢れたよその家を見るとびっくりでした。
引っ越すたびに更に母がモノを整理して減らしていったので、家は更に片付き、亡くなった今もきれいで、モノがとても少ない。
 
庭にはクリスマスローズが植えてあるのですが、雑草が少し気になり草取りをしました。
夜になってから、知人がやって来て数時間話をして過ごしました。
あえて室内を片付ける必要はないのですが、5月以来なので、家じゅうを拭き掃除しました。
翌朝10時台のバスの時間ぎりぎりまで慌ただしかったです。
 
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帰りのバスの中から写真を撮りました。
紅葉が美しくずっと見ていても飽きません。
途中に眼下に渓谷が見え、山の彩りが更に映えて、美しく素晴らしかった。
車中からは写真が撮れず、残念。。
 
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盛岡駅へ着きました。
まだ2時間余裕があります。1Fに行ってみました。
 
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盛岡駅内のお店が新しくなっていました。
食事のスペースもオシャレで、お客さんも多かったです。
昔はほとんど見たことのなかった外人客も多かった。
 
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ここでお昼ご飯を食べることに。海鮮の丼やお刺身が食べられるお店。
 
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一番人気だという「宮古海鮮丼」を注文
シジミの味噌汁が付いています。
 
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美味しかった♪
 
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「うんめのす」って、「美味しいんです」ってこと。
 
店名になってるんだ。(笑)
前回のNHK朝ドラで「うんめえ~」連発でしたね。あれです。
 
 
右側にあるじゃじゃ麺のお店は長蛇の列でした。
 
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お土産に、いつもの南部せんべいを購入。
 
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海の幸が美味しそう。
 
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まだ1時間あったので、「光源社」のある方向へ。
 
橋の上から岩手山を望む。
 
右側の岸には、光源社のある場所が見えます。
紅葉してる場所かな。
 
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橋の反対側を望む。
今回は「光源社」には行かず、この橋から駅へ引き返しました。
 
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駅にあるコインロッカー
 
こんなことになってるんですね。
岩手弁やら名産物やらが載ってて、ついパチリ。
 
いつものリンゴやさんは、たまたまなのか、店が出ていませんでした。
お店が出てたら、洋ナシを買いたかったんですが。
 
帰りの新幹線は臨時列車だったせいか、さほど混んでいませんでした。
4時台に東京駅に到着。
一足先に帰宅していたオットは、行きも帰りも超満員だったと言っていました。
3連休だったからね。
 
北の町も東京も気温が高くて、持参した少し厚いコーは必要ありませんでした。
家に着くまで、東京は暑くて汗だくになりました。
 
3連休だったわけなので、2泊してきたかったな、とは思ったけど、仕方ないです。
 
もうちょっとしたら、次は妹夫婦が母の家に出掛けることになっています。
私が行くのは、次は来春です。
 
家に帰り着いて、すぐに荷物を片付け、洗濯をし、急いで晩ごはんの支度をしました。
食材も足りないので、お昼ごはんのような超簡単な晩ごはんになりました。
くたびれ切っているので、内心はこんな状態で家ごはんにしなくてもと思ったりするけど、それもまた仕方ない。
 
お見せするようなもんじゃないけど次で。
 
 

2017年5月22日 (月)

実家のクリスマスローズ

前回の続きです。
5/13(土)皆で弟の家を辞して、雨の中タクシーで最寄り駅へ向かい、仙台駅へ戻りました。
姉は東京へ行き、翌日広島へ帰る。妹はもう一泊仙台泊。翌日横浜へ。
私と母の友人は、連れだって盛岡へ向かいました。盛岡から高速バスで1時間ちょっと。
母の家にはまだ仏壇があるので、誰も行かないってわけには行きません。
妹は今回行けない代わりに、6月にご主人と一緒に母の家、更に宮城へもう一度行くことになっています。
 
 
だらだらと書いちゃいましたが、きちんと考えて書く余裕がなくなってきました。
急いで写真を載せちゃいますね。
 
 
もう日が変って、5/22です。
朝になったら、私とオットは8時頃の新幹線に乗って、広島へ行きます。
義姉から連絡が来て、急遽、そういうことになりました。
1泊して戻ります。(と思います) 数時間前にネットでホテルを予約しました。
新幹線は、チェックしたら空きは十分あるようだったので、乗る直前に東京駅で指定券を購入する予定です。
 
 
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実家の庭のクリスマスローズ
前回の記事で、お花はこれからかな、だなんて書いちゃいましたが、もう後半に入っていました。当たり前ですよね。。
 
花色がもっとピンクとかいっぱいあったように思ったのに、なぜか白っぽい。
どうしたことかな。。
 
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うっすらピンク色で、優し気できれい。
でももっと濃いピンク色がいくつもあった気がしてたんだけど。
 
クリスマスローズの育苗・研究をしていたいとこが、母の家の庭にクリスマスローズの花壇を作って、大事な苗を植えてくれた、そういうクリスマスローズです。秘密の花園だよって。
そのいとこは数年前に亡くなってしまいました。早すぎました。
広大なクリスマスローズの農園が残されましたが、いったいどうなったのか、私はわかりません。
人の人生ってわからないものですね。。
ここにあるクリスマスローズもこの先どうなるのだろう。
 
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家のすぐ裏に植えてあったのは、ライラックだったのに初めて気づきました。
優しい色。トールペイントでこの花を描いたことがあったけど、実際見たのは初めてだと思う。
 
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料理好きだった母が、台所仕事をしながら眺めただろう、このハナカイドウ。満開です。
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ミニアイリス、紅白の芝桜、スズラン
 
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このスズランはお隣のご主人が植えてくれたんでしょう。
お隣の玄関先にはスズランが群生していました。数年前に、オジサンに「植えといた」と言われたと思います。。
 
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お隣にご挨拶に伺ったついでに、入り口付近の写真を撮らせてもらいました。
種々の草花が愛らしく、高い木々が木陰を作って、森のような雰囲気。とても素敵。
 
母が居なくなっても、私たちは家のメンテナンスに年に数回、新幹線に乗ってここに来ます。
母が存命だったころと同様に、母の家は本当に美しく保たれています。
私の母ほど、家を美しく保って暮らした人はいない。その状態のまま。
 
私たちきょうだいが里帰りした際は、両隣りに東京土産のお菓子を持ってご挨拶に伺い、さらに親戚周りをするのが常です。
今回は、私一人。ひとりでも親戚周りはします。
 
親戚周りは、高校卒業と同時に田舎を出た時からの習慣です。大学生の時も社会人になった時も結婚した後も。母が末子だったから、父が本家の跡継ぎである長男ではなかったからという理由。
これからも続くんでしょう。この母の家がここにある限り。
その先を考えるのはまだ早いですよね。もうしばらくはこの状態です。
 
読み返す時間もないので、変な文章書いてるかも。
戻ってから微妙な手直しをするかもしれません。
 
6時には起きないといけないのに、もう1時。
大丈夫かな。もう休みます。
 

2016年10月25日 (火)

帰りの盛岡駅でまた洋梨を買う

10/21、東北新幹線はやぶさに乗って、母の家に行ってきました。はやぶさで盛岡へ。そこから高速バスで1時間ちょっとのところにある町です。
 
手土産を持ってご近所と親戚への挨拶回り、家の掃除、庭の手入れをし、2泊して戻りました。向こうでは中学の時からとても気の合っていた友人と会いました。
 
中高を卒業してからそれぞれ道は違っていたけど、いろんな経験を経て感覚の通じるものを持っている友達が一人でもいるなんて、有り難い事だと思っています。
田舎は、説明しづらいのですがいろんなことで生活するのが難しい場所でもあるので、それがわかっていてなおかつ自分自身の考えを貫く強さがある彼女をすごいと思っています。
 
紅葉にはちょっと早かったです。
山々は黄色く色づいてきていたので、あと10日、2週間もすれば、美しい最高の季節になるんでしょう。
 
帰りの新幹線に乗る前に、盛岡駅構内で食べたお昼ごはん
 
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盛岡の3大麺のセット
左から、じゃじゃ麺、わんこそば、冷麺
いつもはお弁当を買って新幹線に乗り込むんですが、初めて構内でお蕎麦を食べました。
3大麺、一度食べてみようかなと思って。
 
じゃじゃ麺は初めて食べましたね。麺にのっているあんは、しょっぱいんですね。家で私が自分の好みで適当に作る肉アンとは、まるで違うものでした。
真ん中のお蕎麦が一番おいしかったかな。
 
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盛岡駅構内にある果物屋さん
今年1月に行ってきた時も、ここの写真を載せています。
 
以前はこんなに大量の(黄色の)張り紙はなかったのに、ちょうど1年前に初めて見ました。
 
最初見た時は、(大うけで)爆笑でした。
今回お店のオジサンは、テレビ局から取材が来たんだよ、と嬉しそうに説明してくれました。
 
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商品の説明が書いてあるんですが、方言のオンパレード。
 
地元の人には何も受けないとは思うけど、他から来た人には面白い。
 
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行きはリンゴ3個だけ買って、母の家に向かったんですが、帰りは洋ナシを買って新幹線に乗りました。
 
荷物も増えてものすごく重かったです。
 
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買った洋ナシは3種。3個、3個、2個の計8個。
種類、迷いましたよ。。
 
オジサンが、ちっちゃな姫リンゴをおまけしてくれました。
洋ナシは、1週間後じゃないと食べられない種類とすぐに食べられる種類と。
 
他にもたくさん種類があったんですが、これからも時期を少しずらして別のが出てくるよ、と言われました。洋ナシも奥が深いよって。
 
子供のころから、私にとって梨というのは、和梨でなくて、洋ナシ。
種類はラ・フランスじゃなかったかもしれないけど、洋ナシ、普通に売ってたし普通に食べてましたね。
二十世紀梨なんかもよく食べたけど、洋ナシの方が好きでした。今も大好き。
 
で、リンゴは、「ぐんま名月」という種類を勧められました。なかなかない種類だそうでものすごく美味しいとのこと。それが出たら、リンゴはそれしか食べないとも言われました。
 
岩手だけど、「ぐんま」名月 を育ててるんだね。
昨日電話とファックスで、早速注文しました。
どんなリンゴだろか。
届くのが楽しみです。
 
 
 

2016年10月21日 (金)

盛岡

今朝の新幹線に乗り盛岡に来ました。今、端末で入力しています。

ひんやり空気が冷たいです。10月の北の町の空気はきりっとして清々しいです。

乗り継ぎのバス時間に間があったので、光源社にも行ってみました。




2時台のバスに乗り、母の家へ。
誰もいなくて寂しいです。

 

この記事、スマホでアップしたんですが、すぐにタブレットでチェックしたら右側にあったリンクがそっくり消えてしまっていました。どうして?スマホで書いたから?
スマホやタブレットでは直せないので、帰宅後にパソコンで修正することにします。

(追記10/23夜: PCで修正しました。端末でアップすると、PC版の形が崩れてしまうんですかねー。厄介です。ついでに秋のデザインに変えてみました。*^^*)

2016年5月30日 (月)

1年

 
5/13(金)、妹と一緒に東京駅から東北新幹線に乗り、実家のある北の町へ2泊しました。親戚や母の友人たちに母をお参りしてもらいました。
 
母は居りませんが、家はとても美しく清潔に保っています。
母は他では見ることが出来ないくらいの整理整頓上手で、物をたくさん持つのをよしとはしない、生涯(今で言う)断捨離を続けて美しく暮らした人です。
 
でもその母の生前よりも、今はさらにモノを減らしていますが、家自体もまだ築8年ほどと新しく、家財全部を処分する時期ではないので、私たちが行った時、寝泊まりし、普通に暮らしていける家具や食器寝具等々を残しています。
この1年、妹を中心に私も何度か行って家の掃除と庭の手入れをしてきました。
庭には大量のクリスマスローズがあり、こぼれ種で増え続けています。
 
毎回親戚への挨拶回りも欠かしません。
家と庭のメンテはこの先も続けていきます。
 
5/15は母の友人の一人も加わり、3人で盛岡から新幹線に乗り仙台に移動。
仙台駅のメトロポリタンホテルで、弟、姉、妹の旦那さんと合流しました。ホテルでランチ。
その後、宮城の墓所へ移動して、弟の家族一同、お嫁さんのご両親とともにお墓参りをしました。
 
晴天で心地よい風が吹いていました。緑に囲まれ小鳥が鳴く墓所は、なだらかに傾斜して広がり、心が洗われるような清々しさ。
見回すと、巨木に繁っている山の藤が、あちこちにありました。びっしりつけた花房。優しいその花色は、薄いパープルがよく似合った母に相応しいです。
10年前から父が眠るそのお墓に、母が共に入ってもう1年です。
 

2016年2月 1日 (月)

盛岡駅で洋梨とリンゴを買う

金曜日1/29の10時台の新幹線に乗って盛岡まで行き、そこからいつも使う高速バスではなく、JR在来線で地元へ行きました。

15000円で、4日間東北のJRを乗り放題の 「大人の休日倶楽部パス」。

もちろん会員だけのパスで本人のみ使用可。新幹線指定席券はその中に6枚まで含まれます。

時間的に余裕がなかったので、新幹線は行きと帰りの2回のみになりましたが、行ける時があったら、東北もいろんなところを回って、6回分まるまる使ってみたいものです。

JR在来線は数十年ぶりに乗りましたね。(あんまり言いたくないけどcoldsweats01

バスの倍の時間かかりましたが、休日倶楽部パスを活用しなくてはもったいないです。

2泊して1/31は、JRはやめてバスで盛岡まで戻りました。coldsweats01

前回10月に洋梨を買った盛岡駅構内の小さな果物屋さんが、帰りに通ったら、スゴイことになっていました。

(新幹線北口改札を出て、西口通路方向に向かってまっすぐ進んだ左手の角)

(お店が出てる時と出てない時があるのかな??1/29昼はなかった。)

10月に通った時は、並んでいた洋梨の説明に 「皮もずら食べられる」(皮ごと食べられる)と説明してあり、その時も(ひそかに)大笑いしていたのですが・・・

今回は・・・

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田屋果樹園さん)

一面、方言の解説の紙がペタペタと。

思わず笑ってしまったんですけど、超ウケたのは私だけなんでしょうか。皆さん、普通に通って普通に買ってたんですが。

私は笑いをこらえきれず、「どうしたんですか?!前よりもスゴイことになってるけど。」と、お店のおねえさんに尋ねてしまいましたけど。

「凝り性で今ハマってるみたいで。」 というお返事。happy01

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リンゴや洋梨の説明ももちろんあるけど、方言講座のこの迫力!

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洋梨(ゼネラルレクラーク)のうたい文句が 「腰もくだける なめらかさ」 だって。happy01

でっかい洋梨、2個買いました。1個、たったの100円です。3,4日置いてから食べてね、と言われました。

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ネットに写真載せちゃったんですけど、と前回10月のことを話したら、↑これ撮って!と言われました。(10月12日の記事

(載せてね、ってことですよね!)

「はるか」というリンゴ

・・・竹中直人さんが 先日いらっしゃって 「これはうまい」 と言ってくれたりんごです。・・・

と書いてあります。

私も買ってみましたよ。

王林とも違う食味で、食べたことのないリンゴでとっても美味しかったです。

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勧められて、干しりんごも買ってみました。

けっこう病みつきになりますよ、とのことで、「もう無理です。やめられません」 という謳い文句なの。

超受けしてるの、私だけなのかな~?

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盛岡の駅には余裕を持って早く行ったんですが、1時間以上間があったので、チケットを1本早いのに変更しました。

新青森からの「はやぶさ」と、秋田からの真っ赤な「こまち」が、この盛岡駅で合体します。

先に「はやぶさ」が入り、その直後、「こまち」が侵入してきました。「こまち」の先っぽ、↑こんな風。

さあ合体するぞ、っていうお姿です。

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前方に止まるブルーグリーンの「はやぶさ」に、「こまち」がずんずん近づく~ あっちはお尻、こっちは頭~happy01

今回は、「こまち」に乗ってみました!

「こまち」は秋田で在来線を通るので、車両幅が狭いんですかね。横2+2の4席でした。

母の家に2泊して、家の隅々の掃除・ご近所と親戚への挨拶の他、友達に会ったりもしたんですが、説明の難しい、胸がちょっとえぐられるようなこともありました。

でも帰りの盛岡ではこんな感じで気分もほぐれ、1人旅が楽しい終わりを迎えられてよかったです。

2016年1月30日 (土)

母の家

今朝(1/29)10時台の東北新幹線に乗り、母のいない誰もいない母の家に夕方着きました。
ドカ雪かと心配していましたが、昨日も今日も降っていないらしく、硬い雪の道路でたいしたことはなかったです。
大人の休日クラブパス というのを使って、今回は来ました。15000円で東北地方を4日間乗り降り自由 にできるパスで、本当におトク。初めて使いました。新幹線指定席もコミです!
JR東日本のものだけど、同じようなのが東海や西日本にはないんでしょうかね。

今 持参したiPadでぽちぽち叩いて書いてます。さっさと書けない。。写真もいれられないんですが、設定できるのは、iPadじゃなくて、スマホや携帯だけ?

母が居なくなった家は寂しく悲しいです。

もう12時を回って日が変わってしまいました。

2015年10月24日 (土)

具たくさんのガンモ

100年ぶりに弘前城が移動(曳屋)完了したようですね。今、テレビのニュースに出ていました。

弘前、懐かしい。

今年5月上旬、母が弘前の病院に入院していたので、その時に桜の終わった弘前公園に何度か行きました。散策にはもってこいの緑の美しい場所。

2年前に母を連れて、お花見に行った町。界津軽に一泊して、母とオットと私の3人で。

(自分の記憶の為のリンクですが→弘前でのお昼ごはん宿での夕食界津軽の朝ごはん

「お母さんのお陰で今年は弘前に来ることが出来たよ。」 ベッドに横たわる母にそう伝えるあの時の私たち。

桜真っ盛りの時は、溢れかえるような人・人で町はどこもかしこも混雑しているけれど、この時はお花見の熱気が収まって、ひっそりと静かなよくある北国の町になっていました。

2週間いたので、弘前の町のほんの一部とはいえ、観光ではなく普通に町なかを歩くことが出来ました。見覚えのある場所場所で、母とここを通った、ここで一緒にごはんを食べた、ここで買い物した、と2年前のそういう記憶がよみがえったりもしました。
あの時、母がヘリであの弘前に運ばれるなんて、誰が想像できたでしょう。

この先、弘前駅にも弘前公園にも行くことはないと思う。

ベッドに横たわる母に、きょうだいと共に 「お母さんのお陰で弘前見物ができたよ」 と、そう言うしかなかったです。その時と同様に、写真の母は毎日静かに笑っています。

10/19(月)

朝の片づけのついでに、ヒジキを戻し、お豆腐を水切りしておきました。

NHKの「あさいち」で、ガンモを作っていたので、久々に私も作ってみようかと思って。

でもテレビのレシピをチェックしていません。

以前作ったのを思い出しつつ、冷蔵庫にあるものを使って、適当にやってしまいました。coldsweats01

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お豆腐が絹だったのが残念。木綿にしたかった。

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水切り豆腐、ハンペン、長芋(山芋かわり)、ヒジキ、千切り人参、枝豆、スライスレンコン、卵黄、出し醤油、塩、片栗粉

テレビでは山芋をつなぎにしているようだったので、今まで入れてなかったけど、代わりの長芋を少量入れてみました。

手にちょっと水か油をつけて、丸めます。

お豆腐が絹だったので、水切りしっかりしていたけど、けっこうソフトな出来上がりでした。

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片栗粉を外側にまぶして揚げたもの、まぶさないで片栗粉を混ぜて素揚げしたもの、小さく揚げたもの

3種作ってみましたが。

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↑外側に片栗粉をまぶして揚げたものです。大根はかなり多めにおろして添えました。

外に片栗粉をまぶして揚げると、脂っぽいです。

つけないで、中に混ぜて小さく揚げたものが一番食べやすく、美味しかったかな。

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前日とは別のサバです。サバのみりん干しを焼きました。

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前日のサバ缶が半分残っているので、サラダにもまたまたサバだよ!

サニーレタス、スライス玉ねぎ、トマト、サバ缶、削り節

サバ缶、続きすぎ~coldsweats01

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残った長芋を全部すって出しました。

「あわゆきこまち」、という秋田のお米(新米)を買ったので、おいしくてついお代わりしてしまいました。

「あわゆきこまち」は水分を少なめにして炊きます。新米なので、さらに少なめかな。

2015年10月12日 (月)

10月初めのメモ

10/2に東京に来た呉の姉と一緒に、翌朝の新幹線で仙台に行き、宮城の墓地で弟と待ち合わせて、一緒にお墓参りをしました。墓石の下、父の隣に5月に亡くなった母が並んでいます。

実家のある町から1人お参りに来て下さった方があり、その後3人で、予約していた夕方の高速バスに乗りこみ、実家の町に向かいました。

夜8時過ぎに、4時間かけて到着しました。2泊して、10/5姉と一緒に再び東京に戻りました。姉は東京駅からそのまますぐに乗り変えて、広島へ。本州縦断にも近いので、この往復は本当に大変なことだと思います。

高速バスには今回初めて乗りました。仙台からとは言え、バスを使うと本当に遠いです。
母が元気な頃、父のお墓参りをするのに、このバスを使って仙台まで来たことを思い出します。
2人、3人なら気も紛れますが、1人ではどうだったろうか。。
でも乗り換えせずに仙台に来れるので、乗りものに不慣れな人にとっては便利かな。
東京から新幹線で先に仙台に着いた私たちが、駅前の高速バス到着場所でそろそろかなあと待っていると、10分以上も遅れてようやくバス到着。私たちを見つけてホッとした母の笑顔。4時間以上のバスひとり旅。くたびれた様子もみせない嬉しそうな母と姉私弟妹とで、父のお墓に向かったことを思い出します。

墓地は父が亡くなる前に、両親が自ら準備していたお寺さんの墓所を処分して、弟の住む宮城にあらたに用意しました。
広々としていて緑に囲まれ、清々しい風が吹きわたる町営の墓地です。母も気に入っていたその場所に引っ越しておいて本当に良かったと、皆が思っています。

実家のある町では親戚回りをし、友人にも会って、5月に亡くなった母の葬儀の際のお礼を伝えました。親戚には6月に帰省した際にも挨拶に行っています。8月には妹が新盆のあれこれをやってくれていました。

私たちきょうだいは全員、帰省の際には必ず、手土産を持って親戚周りをするのが学生の頃からの決まりでした。結婚後も欠かさず、いまだにあいさつ回りをします。
母が末子だったので、下の者が上の親戚に挨拶に行くのは当然、という感覚。
でも私たちだけだったと思う、そういうことをするのは。。
今回もまた、たくさんの数の手土産を荷に詰めて帰省していました。

母のすぐ上の姉、私にとっての伯母は90をとっくに過ぎていますが、頼りにしていただろう母が先に亡くなったことは、ショック以外の何物でもなく、嘆きもひとしおでした。
伯母にとって、母はずっと若くて(86歳だったけど)元気な働き者の、とても頼りになる妹でした。
自分には同居の息子と気遣いのある優しいお嫁さんがいるにもかかわらず、(もうとっくに老後なんだけど)老後は 「おめさん(お前さん、あなた)に面倒見てもらうから。」 と母に言っていたほどです。

伯母の家の前で、伯母がひとりぽつんと立っているのを見つけました。
寂しい年寄りが当てもなく辺りをうろうろしかかっている、そういう様子だったのに、胸が詰まりました。
伯母は私と姉を見るなり、人目も憚らずおいおいと声を上げて泣き続けました。
肩を抱き背中をさすり、小さくなってきた伯母にいよいよ悲しくなりました。

友人の一人にはたまたまばったりと地元のスーパーで会えたのですが、翌日彼女の所におじゃまする約束をしていたところ、急に翌朝お父様が亡くなり、会いに行った彼女のお店に行ったものの会えなくなりました。私の母とそのお父様とは同級生だったので、余計辛さがわかります。持ってきていた手土産にメモを付けて、従業員の人にことづけてきました。翌日は東京に戻らないといけなかったので、お参りもできず申し訳ない気持ちでした。

母の家はそのままです。
母が直前まで暮らしていた家は、とてもきれいでスッキリ片付いていて、私たちがあえて整理をしたり、という必要はまったくありませんでした。
今は、母と日々頻繁に行き来のあった地元の母の若い友人が、週1で家に風とおしをしてくれているので助かります。
5月から最低月1は私たち4人きょうだいの誰か(今のところ、妹と私)が行っていますが、私たちが今後も出来る限り通って、この先もしばらくこの状態で維持していくことにしています。

帰りの盛岡駅

前回通った時はサクランボを売っていたんですが、同じお店で洋梨とプルーンが並んでいました。

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プルーンは超巨大。見たことのないサイズでした。2パック購入。

立派な洋梨は、3個で500円でした。確か、「オーロラ」という名前だったと思います。ねっとりと甘くて美味しかった。私は洋梨が大好き。子供のころから私にとって、梨と言えば洋梨でした。

エキナカのその小さな露天の洋梨の売り文句に、「皮もずら食べられる」 と大きく書いてあるのを姉が目ざとく見つけて、大笑いしました。

長髪を後ろに縛った今どき風のイケてるオニイサンなのに、書いた文面が 「皮もずら」 だって!

「皮もずら」というのは、「皮ごと」っていうことです。私の田舎では、「皮もら」と言います。訛り具合がちょこっと違ってるのが、なかなか興味深いね。

数十年ぶりに地元のこの言葉を思い出し、懐かしくて一瞬昔に戻った気持ちになりました。

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5cm以上はあるプルーン。柔らかめになったものから食べます。

美味しかった!

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いただき物の、地ものの枝豆

3キロくらいかな。朝収穫したばかりのを持ってきてくれました。

東京に戻ってすぐに茹で、食べる分を除いて残りはプチプチ押して実だけにして、冷凍しておきました。料理に使います。

帰宅した日は夕刻前だったので、すぐに掃除・大量の洗濯をして、夕飯の支度をしました。週末に留守をしたので、オットには迷惑をかけました。

慌ただしい数日でしたが、その翌日(10/6)はトールペイント教室だったので、朝7時半に家を出て前の家に向かい、午前中は教室に行き、午後は家と車と庭のメンテをして、夕方帰宅しました。
気が張っているせいか、疲れはありませんでした。

2015年7月 6日 (月)

母の家

6/26(金)朝8時過ぎの新幹線で、妹と一緒に北の母の家に向かい、2泊して戻ってきました。

母が亡くなって1か月。まだ気持ちがざわめくのであれこれは書かないことにします。。

母が住んでいた家は、10年前に父が亡くなってから、7、8年前に妹が設計し母の意見も取り入れ、自分でローンを組んで新しく建てた家。我が妹ながら、本当にえらい。

若いころから他に類を見ない程のきれい好きの母なので、家は見事に整理整頓され、物も趣味の良い美しいものを厳選して揃えています。頻繁に友人や親戚が訪れていました。

急にこんなことにはなったけど、取り立てて片づけるべきごちゃごちゃしたものがなかったのは、お見事!と言わざるを得ません。

今後は妹をはじめとして、私たちが地元に帰った時の家としてそのまま存続させるので、家具の配置、引き出しの中身を、妹が中心となって使いやすいように置き変えました。

今回のこの3日間の食事は、冷凍庫・冷蔵庫には母の作り置きの食材がたくさん入っているので、家できちんと作りました。夏も秋も行くので、残っているものを使っていくことにします。

銀行での残りの手続き、親戚への再度のあいさつ、庭の草むしりと花ガラ整理・防虫・施肥、等々をしました。

玄関付近には和風の樹木もありますが、家の脇に作った花壇には、クリスマスローズが大量に植えてあります。

市場には出ていない貴重な種類の株が多く、今後、どの程度メンテが出来るかわかりませんが、とりあえず、出来る限りのことをして維持していきたいと思います。

私自身は、前の家にも毎週行って室内外をメンテしており、さらに新幹線に乗っての母の家のメンテをするのは、お金も時間もかかり体力も必要だけど、行ったら気分転換になる気もするので、状況が許す限り、辛くならない程度に協力して行くつもりです。

26日、着いた日は都内よりも蒸し暑くて、北国なのにどうなってるんだろうと思いましたが、後の2日は一転、雨。
6月末とは思えないほど寒々として、ジャケットが必要でした。

28日の午後の新幹線で東京に帰りましたが、今回のこの時期、JR東日本から超お得なチケットが出ていたようで、新幹線は行きも帰りもびっくりするほど混雑していました。

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28日は夕方6時過ぎに東京駅に着いたので、駅弁を買って帰るね、というメールを、夕飯を心配していたオットに送信。

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「農林水産大臣賞受賞」 のお弁当を買いました。delicious

全国のいろんな美味しいものが1品ずつ収まっているお弁当で、なかなか美味しそう。

我ながら、良い選択だったと思う。wink

1年半前まで住んでいたところと違って、今の住まいはすぐそばに飲食店がたくさんあって、ひとりでも困ることはないと思うんだけど、オットは外で食事するのが好きじゃないので、環境が変わっても未だに外食は好まない風。

結婚してからの長年、オットが家に居る時は、私は家を留守にしたことはなく、そのせいもあって、滅多に実家に帰ることができませんでした。残念ながら舅姑もそれを許してくれなかったです。

10年前の父の時も思ったことだけど、今回の母の時も、こんなことになるなら多少の無理をしてでも、もっと頻繁に帰省して顔を見せ、話をし、子供の顔・孫の顔も見せ、後悔のないようにしておけばよかったと思う。
今頃こんなことを思ってもね。。。

こっちに越してからのこの1年半、なんだかんだあったので、遅ればせながら、オットもひとりで留守番するのに少しは慣れたかもしれませんが。